パンダへの憧れ

パンダになりたい社会人女性の気まぐれな日記

育ち方

自己分析の結果、

SMに甘え無力感を求めているということが判明した。

過去の経験や自分の性格から、このことについて説明できそうなので、語ってみる。

 

 

小学校・中学校時代のはなし

私は小さいときから、しっかりした人間だった。

小学生のころは、

母親には「車の運転以外はなんでもできる」、

学校の先生には「先生の代わりもできる」

と言われていた。

中学生になっても周囲のコミュニティーは変わらず、

生徒会長になったり、THE優等生の道を歩いていた。

 

母親がよく言っていたから、

良い成績をとることは当たり前と思っていた。

実際、満点や学年1位は普通だった。

でも、自分は天才型ではないので、相応の努力をしていた。

もし90点をとったなら、あと10点を伸ばすのにはどうすれば良いかに注目していた。

学年1位でも、全教科満点には至っておらず、

満足することはなかった。

 

これくらいできて当たり前、という考えを自分も信じて疑わなかった。

 

一見すれば、とっても良い人生

と思われるが、今思えば、小さいころ

 自立しすぎて誰かに甘えることをしてこなかった

ということに気づいた。

ある程度のことは自分でできるから、人に甘えたり頼ったりすることが少なかった。

 

同時に、

 両親に褒められたことも思い出せない

ということにも気づいた。

完璧にできることが普通だから、褒められることはなく、

足りないところに目が向けられていた。

 

 

高校時代のはなし

順風満帆な優等生人生も、高校生になって一度狂った。

受験勉強が辛かった。

 

勉強が第一、高校は勉強をしに行くところ

というのが母親の考えで、自分もそれに染まっていた。

部活も引退時期まで続けず、

勉強する時間を作りたいからという理由でやめてしまった。

 

だが、次第に受験勉強に集中しだすと、

 できない自分

がクローズアップされていった。

これまでの順調な生活の副作用として、完璧主義者となってしまった。

突然現れた、できない自分が許せなかった。

自分の立てた予定がこなせない、やる気がおきない。

頑張ればできる!というポジティブ担任に嫌気がさした。

そして、泣くことが増えた。ベッドで泣いていた。

 

小中学校時代は、母親が大きな存在だったが、

当時は、父親の存在も自分の精神に大きな影響を与えていた。

父から投げかけられる受験に関する言葉が、毎回毎回心に刺さっていた。

おしゃれなレストランで18歳の誕生日を祝ってもらったが、

終始受験の話で、ほんとに苦痛だった。

 

高校でも、授業中に寝たり、なにもしたくない状態だった。

受験の計画を高校に提出する日の朝、学校に行けなくなった。

主に父が決めた仮の志望校がどうしても受け入れられず、

提出したくないの一心で、泣きじゃくってしまった。

 

その前後、一度きりだがメンタルクリニックに通院した。

希死念慮があり、自分がおかしいと自分で気づいていたから、

自らクリニックに行きたいって伝えたと思う。

辛かったんだと思う。

PMSPMDDを疑っていた時期もあった。

 

ただその後、

両親が私のことで、大きな声で喧嘩しているのを聞いてしまった。

ショックだった。

オーバードーズを気にしていたのか、処方されたクスリを管理しておくように、

と父親が母親に言っているのも苦しかった。

私のことで両親に迷惑をかけている、私はダメな存在なんだ。

もうクリニックには行ったし、元気にならなきゃいけないんだと思った。

両親の前では泣けないって思った瞬間だった。

 

当時のことは、あまり覚えていない。

記憶の歪曲があるかもしれない。

ただ高校生活は、特に3年生は苦しかった。

記事にしながら、苦しくて泣いている。

ここに、自分の思考の核が生まれた理由がたくさんありそうだ。

 

受験はほどほどに受け、合格していた大学もあったが、

もう1年勉強することにした。

両親も賛同していたからという理由は、今思えば大きい。

 

 

つまり

甘えを求める理由は、

 さいころに甘えた経験がないから

という、欠乏しているから求める(以下「欠乏論」という。)

というシンプルな結論に至った。

同時に、

甘えたことがないから、

 人に迷惑をかけてはいけない

という歪みも生じたのかもしれない。

 

 

では、無力感についてはどうか。

私のいう無力感とは、

 自分はできる、と思っている自分を否定したい

という自分の価値を否定したい心理のことである。

 自分はできる

と考える根拠は、小中学生のころの優等生の体験が基にあると思う。

他方で、

自分を否定したいという心理は、

 自分はできない存在だ

という高校生の頃に感じたことが続いているのだと思う。

 

普段の自分は、「自分はできる」に属している。

今でも、ある程度のことは自分でできている

という自己イメージが根底に残っている。

内容や比較対象、程度など、明白ではないがなんとなく思っている。

死んでいない理由はこれ。

職場での自己紹介にも、「謙虚」に頑張りますと書いた。

これは、自分に自信がある人が言う言葉らしい。

自信があるから、見栄を張らず、奢らずやっていきます

ということの裏返しである、とどこかの記事で読んだ。 

 

ただ、なにかのきっかけで、

 自分はできない、死にたい、消えたい

の感情が現れる。

そして、両者が同時に存在するとき、

 自分はできる

 自分はできない、死にたい、消えたい

のせめぎ合いになり、間違いなく後者が勝った結果、

自分はできるという感情の存在を認めた上で、それを否定し、

 自分はできるというのは嘘、自分は何もできない存在だということを思い知れ

という感情が湧き出てくる。

否定論とでも名付けておこう。

 

甘えと同様に、欠乏論で語るならば、

普段は「自分はできる」と感じている。

すなわち、「自分はできていない」が不足している。

だから、欠乏している「自分はできていない」を求める。

であってる?

 

 

<頭が混乱してきたので、このテーマは次回以降に持ち越しです。>

 

 

 

俯瞰してみると、 両親の考えというのは、

良くも悪くも、根深く子供に伝わっていたということだった。

当時の私には、そこまで思いを馳せる余裕はなかった。

だからといって、両親を憎むという感情は皆無である。

むしろ、どうして当時の私は、

自分で考えていないということに気づかなかったのか

という自責の念が生じる。

もっと広い視野があれば、苦しまなくて済んだかもしれないのに。

って、いつも自分に矢が向いてくる。

 

 

 

 

 こんなことを思いながらも、

子育てしたいなって思う。